うだうだうだうだ。 初めて学生実験の担当をした新米助教。

二週間ほぼ午後がつぶれる日々で、研究進捗への危機感がハンパないです。うだうだうだうだ。 うだつの上がらない日々に危機感。



いろいろなポジションを渡り歩く中で、ほぼ確信に変わったものがある。


研究人生でうまくいかないことがあると思う。例えば、研究成果が思うように出ない、結果がいい論文誌に通らない、研究室のメンバーやPIとうまく人間関係が構築できてない。。。などなど。


そんな時は、HardにPushするしかない!!

Pushとは、海外でよく言われるぐいぐい行く的なニュアンスの言葉。多分日本語にうまい変換の言葉はない。


研究がうまくいかないとき、気分転換もいいが単純にもっと実験をするのだ。意味のある物量に任せて、検討に検討を重ねて検討することがなくなれば、その結果を受け入れてうだうだせずに次の方針に進める。よくあるアドバイスに従い気分転換して戻ってきても、行き詰った状況に引き戻されるだけで振り切れないことが多かった。一心不乱に、意味のある実験量をこなすのだ。その先に研究方針がクリアーになる瞬間が来る。そこまでただひたすらにPushするのだ。


結果がいい論文誌に通らない。そんなときは、できる限りを尽くすものの、その一報にこだわりすぎずに次のいい論文、また次のさらにいい論文を出すための実験と論文執筆をただひたすらにHardにPushを続けるのだ。単純に一報いい論文を出すだけがゴールじゃない。いい論文を何報もつづけて書けるようになる必要がある。そこまでただひたすらにHardに攻めるのだ。


人間関係がうまくいかない。そんなときこそ、研究面でPushするのだ。研究をバリバリやる人間が煙たがれる研究室は何かがおかしい。人間関係がうまくいかないときは研究をPushすることで研究グループにフルコミットだ。利己的に見える?研究をプッシュするっていうのは雑用も人一倍こなして自分の研究遂行における障害を取り除くことも含まれる。利己的に見えるはずがないので安心して研究にオールインするのだ。その先に、苦手な人間関係を克服した強固な信頼が待っている。一心不乱にPsuhするのだ。誰かに嫌われているんじゃないか?そんなことはどうでもいいことだ、ただ純粋に研究をPushするのだ。


いい研究テーマが見つからない、そんなときには、論文調査もHardにPushだ。いいテーマを思いつく人は、いろんな研究の造詣が深い傾向が見て取れる。つまり、自身の研究に関連するいい論文を片っ端からインプットをつづける。テーマが思いつかないって、そりゃあ足りてないんだよ、知的好奇心が。知的好奇心があるはずならいい論文をむさぼるように探して体にぶち込むことができる。僕の根拠のない仮説では、むしろ好奇心が沸かないのはこれまで獲得した知識が足りないからだ。論文を読むのが嫌いな人は、好奇心ドリブンになる特異点が来ることを期待して、ただひたすらに文献を読む。その先に見えるものは必ずある。自分を信じるのだ。


さて、勘違いしている人もいるかもしれないが、Pushするっていうのを睡眠を削ったり休まずに実験することかと思う人が多いが、真逆である。心身を整えろ、100%の力で押し進まないとびくともしない。十分な睡眠と十分な食事と休息を取り、規則正しい生活をもって、万全を期してPushするのだ。酒とSNSを断て。「えー、僕にはムリです」じゃない、弱気になってる場合じゃない。Pushは誰にでもできて誰もが成長できるんだ。精神的につらいという現象はPushの前には存在しないと強く自己暗示をかけろ。



倍プッシュだ・・・・! ざわ・・・