研究室の選び方

これは難しい問題です。

修士、博士どこまで進学するか、はたまたアカデミアに行きたいのか企業か公務員か、さらにはアカデミアの中でも本当に研究と向き合いたいのか?によって選択肢は変わってくると思います。かつ、個人の性格や指導教員の人柄と行っている研究を入れると、もはや最適化不能に思えます。

このページではなんとか生き残っている海外ポスドクの目線から、駆け出しの大学生・大学院生がどのようにラボを選べばいいのかについて主に化学系の意見を載せておくので、迷える誰かの参考になれば幸いです。

まずアカデミア以外。これは自分の経験はないので詳しいことは言えませんが、自分の同期や年代の近い先輩後輩を見るとざっくり以下のことが言えます。


※学部で卒業→その選択をサポートしてくれる研究室にいく

ガチ系のラボだと学部で卒業する人なんて相手にされずに放置されることが多いので、先生の人柄を重視して最大限充実した研究室生活にするといいと思います。中には学部卒は来ないでくださいと明記するラボもあります、選択は個人の自由だろうに…


※修士卒でいい企業に就職したい→狙う企業に多く就職している研究室に行く

これに限ります。その先輩たちがいい企業に就職しているからできるわけではなく、そのレベルの研究力とコミュニケーション能力をみにつければ自ずと、その場所への道がひらけます。実際そういうラボに行っても溶け込めず研究に身が入らなければ、希望する企業に就職ができないことが多い気がします。

※公務員になりたい→時間の融通が効くラボに行く

公務員だと試験対策や就職時期が若干違うと思うので、時間にうるさくないラボがいいのかな?と思います。


さて、博士課程に進学する場合やアカデミアに行きたい場合です。

※アカデミアに残る確率を上げたい場合→入れる限り1番いいビッグラボで高IF論文を出す

これが日本のメジャーな路線。ビッグラボ出身でそのラボの出身者が10-20人もアカデミアにいればかなり強いのが日本の現状。最大の特徴はこの出身者の周りをまた身内でかためるため、博士課程中に終わったらうちで助教しない?といったお声がかかることも珍しくありません。高IFジャーナルに論文が出せていればですが。田舎の学問より京の昼寝。

このビッグラボの場合、論文を出せないとお払い箱な可能性が高いです。助教になる人は有名ラボ出身がほとんどなので、メジャー路線。このルートの人の大まかな特徴としては、ビッグラボの文化をぐいぐい吸収して論文を出しまくる。ボスの研究以外をあまり知らないが屈強な戦士になる。IFと論文数や受賞で戦いたがる傾向にある。献身的で上には従順で、下にもそれを求める暴君中間管理職が多い傾向にある。またビッグラボの文化圏から出るとかなり研究力が下がる。(個人の感想です)


※研究とは何かを突き詰める場合→興味のある分野の放置系ラボに行く

放置系と言っても、論文が出なかったり装置がないラボの事ではないです。先生がある程度の結果を持ってて、装置も資金もありやりたい研究に大きく制約がかからないけど、今日やることやその積み重ねがどんな論文になるかを考える過程を学生に丸投げ任せてくれるところです。

もちろん放置系なので論文はそこそこ出ていても博士課程の学生は結構な割合で病んで消えていきます。逆にいうとこちらの選択肢は絶対に病まないという精神力が必要です。もしあなたが真の研究者なのなら、ビッグラボの研究をワンオブゼムとして遂行するだけには満足できないはずです。ほぼ博士が育たないようなラボでなんらかの新しいことにじっくり挑戦するしか、若いうちから自由に研究をどっぷり楽しむことはできません。

当然、自由にやっていてもいい研究なんかできません。頑張っていれば、放置系ラボにいても周りの先生方はいろいろと助けてくれます。独立心の少ない日本の若者は将来大化けしたいなら放置系でとことん自分の実力を試してみてはいかがでしょう。この系譜の研究者は型破りで常識がなく自己中心的です。研究が散乱して何をやっているかわからなくるのが散見されます。金額の大きいプロジェクトとは無縁で、能力の割にラボの設備がしょぼいことが多いです。(個人の感想です)

たまに会うのですが、自分で選んだくせに放置系だったから全然業績稼げないと文句を言うことのないように、それくらいは調査して人生の重要な決断をするべきです。



ブラックラボはさけろ!

論文出さねーけど学生に厳しいラボ

年に一報すら論文が出ないのに拘束時間がやたら長く、かつ人格批判など精神的な叱責を繰り返すラボは絶対にお勧めしません。論文が出せない時点で研究者として黄色信号なのに自分の学生の人格を攻撃する教授は結構いるんですが、普通に考えてそんな人と長くいてもなんの価値もないです。入ってはいけません。入っていたらすぐ移りましょう。

論文が出るブラック研究室

これは考え方次第です、論文は溜まるでしょう。ですが受けた教育の特殊さから人格がおかしくなっていくことが多く、今後のキャリアにおいて、僕が採用側だったり共同研究者を選ぶ時にその文化の研究室だと恐ろしくて躊躇します。そこで耐えられるなら普通のラボで普通に結果出せるんじゃね?って思うので敬遠してはいかがでしょうか。

放置系ブラック

これは時間の無駄です、放置の度合いが行きすぎるとそこにあるのは研究室という名の何もしない空間です。卒業はできますが、研究できるようにはならないでしょう。まあ毎日スマホゲーやって卒業の時期を待ちたいならアリかもしれませんね。そんなところでやる気出しても、先生が論文書けないし出せないし意味ないと思います。

ブラックラボは百害あって一理なしです、噂を聞いた時その卒業生や現メンバーが根性ないだけだろ、などとくれぐれも思わないように。極端な例を上に挙げましたが、最初はアカデミアに行くつもりがなかったのにやっぱり研究にのめり込んで行きたくなった場合は普通のラボかつある程度結果を論文にできるなら挑戦してはいかがでしょうか?精神衛生が正常の範囲で持たない場合は行かない方がいいです。


※教授の人間性はものすごく大事

上では主に教授の人格を除いて書きました、先生との相性はすごく大事です。あるラボで八面六臂の活躍をする学生も別のラボだとなんも活躍ができないなんてことは普通にある事だと思います。テーマや指導教員との相性の問題です。尊敬できる要素があり、人格者である先生の元に行くことをお勧めします。たまに優しい(怒らない)=人格者と思っている学生がいますが、ダメなものはダメと言える先生じゃないとただの事なかれ主義なだけなので気をつけたほうがいいです。研究がやばくてもフィードバックをくれず、うまく行ってるよと言ってくる人などです。


※なにより博士課程では人生のコントロールを

1番重要なことは人生の大切な時間を過ごす研究室は自分で決めるということ。研究がうまくいかなかったり悪い先生に台無しにされることがあるかもしれません。ですが恨み節を言ってみたり環境のせいにしてみても人生は戻ってきません。僕の好きな漫画の宇宙兄弟の中の好きなセリフなんですが「人生は空に似ている、晴れてる日もあれば、曇ってる日、雨の日だってある。空と人生の違いは何か?空は誰のものでもない、人生は自分のもんだコントロールがきく」というのがあります。

博士課程でうまくいかないとそれが人生の終わりのように大きな負のスパイラルに飲み込まれる友人知人を何人も見てきました。自分の人生なのになぜかすべて環境のせいにしたり、能力の過小評価から自滅のような終わりを迎えています。人生はコントロールが効きます。研究がうまくいかない時、指導教員と揉めた時、ラボメンバーとの軋轢、降りかかる締切などなどを自分で強くコントロールできる精神状況になることが、博士課程進学を考えるうえで重要なスキルだと思います。

日本の博士課程学生に足りないのは、研究力じゃなくてこの人生のコントロール力な気がしています。人生のマネジメントもしっかり考えた上で研究に没頭するのが重要な気がします。

偉そうなこと言いましたが、自分も頑張るので皆さんも厳しい選択や状況の時諦めたり弱気にならず、なんとかして一歩踏み込む選択をして欲しい思いです。