この先に関して思うこと
2026/05/17
今やれることを一生懸命にやる。それだけを大事にしてきたこの2年半でした。だが最近、体がむずむずする。学位取得以降2-3年で研究環境をコロコロ変え続けてたので、3年くらいで出て行きたい体になってしまった感じがします。
そこで思う、次に出て行くタイミングってむずくね?
講座の助教って、スタートアップのお金やその人に配分される資金はほとんどないので、何年やろうが、さきがけなどの大きめのお金を取らないと最低限研究する装置すら手に入らない。次行ったはいいけど、研究装置ないなら今の環境のほうが研究自体は進む。でもそんなことよりも早くPIになりたい気もする。
それに次のポジションだが、主要な研究大学である旧帝国大学や東京科学大学などは、准教授も教授のもとで協力して研究を行うことが多い。したらば、あまりにテーマの違う人は、共同して研究するのに向かない。PIなのかも正直わからないのが研究大学の准教授。
私立大学などは、准教授から研究室を持てるが、授業は多く学部生が10人ほど入ってくることもあり、進学率は低い。教育に忙殺される。うーん、海外みたいに年2、3人のPhDを受け入れる形がやっぱりいいよなあ。
あれ、結局、独創的な研究をする/できる若手の准教授ポジションってどこなのか?
理研や分子研は資金は比較的潤沢にもらえるらしい。しかしながら、学部がないため、人集めに苦労する。日本では、博士を修士と違うラボでやる人が極めてマイノリティであるため、優秀な人や研究がうまくいっている人ほど動かない。
助教や准教授として研究が波に乗った人にしか次のポジションに異動するチャンスは訪れないが、移動すると最低でも一年は装置移設やラボ立ち上げで研究が停滞するのも考えものだ。
いろいろなところに、芽のでかけた研究が枯れてしまう落とし穴のようなシステムがたくさんある。それでもって歳をとると、それだけで次に行きづらくなる。研究業績と若さのバランス感覚も相当に難しい。
話は若干変わるが、講座制における教授・准教授・助教って求められてる役割はそれぞれ違う気がしている。
ピーターの法則をご存知だろうか?優秀だった人が出世を続けて、パフォーマンスが出せなくなった階級で出世が止まるので、職場は無能で溢れかえるという、もっともらしい法則(証明されてるわけではない)である。
この法則、管理職の仕事内容とプレイヤーとしての仕事内容の違いから、優秀なプレイヤーが管理職に向いているわけではない、と言った事実と相関があると指摘されている。
助教としての職務は、「教授の手伝い」と思っている人と、「上手いこと教授を手伝いつつ自分の研究をゴリ押す」と思っている人の2パターンがある気がする。講座制を敷いている手前、教授からありがたがられるのは前者である、一方で、准教授で必要な職能は後者だ。前者を准教授にするとパッタリとアクティビティが止まる。ピーターの法則だ。
海外だと階級でやることはほとんど変わらない(なのでどの先生がどの階級かも正直どうでもいい感)。登る人はシームレスに昇進の道を登る。
日本では、教授の研究と助教の研究、どちらもいい感じに進むのは基本成り立たない気がする。助教の研究が面白いか、教授の研究がより面白いかの2択で研究室の様子が変わってしまうからだ。助教が栄えて忙しい教授のチームが弱くなるか、教授が盤石な力を見せて助教が力を見せれず次のキャリアに繋がらないかだ。どちらもハッピーなパターンは相当稀だ。
講座制と自立心の強い研究者という職業が極めて相性が悪いんじゃあないのかな。
そして、自分がどう振る舞うかも正直どうすればいいかわからない。
とりあえず、、、いい論文を書いて出すしかないんだ。

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