とある学会からのメールでムーンショット型研究のキックオフシンポジウムの案内が来た。

このムーンショット型研究は僕の嫌いな研究の頂点のようなものです。内閣府主導の研究目標を内閣府が選んだ研究者に異常とも思える金額で、2050年までに目標を達成してもらおうというものです。

その目標というものが以下に掲げられたものです。

目標1:2050年までに、人が身体、脳、空間、時間の制約から解放された社会を実現

目標2:2050年までに、超早期に疾患の予測・予防をすることができる社会を実現

目標3:2050年までに、AIとロボットの共進化により、自ら学習・行動し人と共生するロボットを実現

目標4:2050年までに、地球環境再生に向けた持続可能な資源循環を実現

目標5:2050年までに、未利用の生物機能等のフル活用により、地球規模でムリ・ムダのない持続的な食料供給産業を創出

目標6:2050年までに、経済・産業・安全保障を飛躍的に発展させる誤り耐性型汎用量子コンピュータを実現

少し曖昧でわかりにくいですよね。

ムーンショットは元来月面着陸計画の時に使われた言葉でGoogleが挑戦的課題の代名詞にしたことで浸透したようです。アメリカの後追いネーミングも悲しくなりますが、月面着陸はそれ自体に意味はあるのかは置いておいて普通に科学的に可能ですからね。かつ目的が具体的です。

さてはて、これ一件いくら支払われると思いますか?

全体で800億円が確保されております。課題一件あたり初年度は4プロジェクト程度ずつ選ばれたようです。たった4つのプロジェクトがムーンショットと呼ばれるような難題(と彼らはいっている)を解決できるのでしょうか?

そもそも選択と集中は失敗だとほとんど結論出てる気がするのですが。選ばれしものになるための過度な競争や成果の要求はしばしば研究の本質を見失わせます。同じく内閣府手動のImpactが最近終わりましたが、「チョコを食べると脳が若返る」と「量子コンピューター(量子コンピューターだと言ってない)」ですからね。なんかポジティブなすごい結果あったっけ。ここらへんの追求は毎日新聞科学環境部の「幻の科学技術立国」の記述がすごくよくまとめられていると思います書籍化もされました。毎日新聞科学環境部は理系白書を高校生の時に読んで依頼、僕は大ファンです。素晴らしい。理系白書も2、3と読み、高校時代から10年ほど経ちますが、彼らの提言はことごとく無視されることになります。時代の長期政権とその政府主導の強い舵切りによる所も大きいでしょう。もうほとんどお金の規模ほどの発見がなかったImpactを更に金銭面で強化するなど愚の骨頂ではないでしょうか。
行き過ぎた選択と集中は僕たち若手も悩ませます。選択されない側に行くとほとんど研究はできない。選択されるには権威に近づかなければならず自由は少ない。もう地方大学の助教やポスドクに応募する若手や、過度なプレッシャーがかかるポジションに着きたがる若手もがくっと減ってきてるんじゃないでしょうか?

選択と集中は、選ばれし側になり、しがみつかないといけないため人材の流動性を悪くさせ、本来目の出るかもしれない若手の活躍を著しく狭める気がしています。さらに、この選択と集中の巨額が科学技術費に使われるわけではありません。新学術領域研究などに始まり、WPI、Erato、NEDOなどのプロジェクト研究はかなりの頻度でシンポジウムや国際学会や勉強会を主催したりなど研究以外のDutyもかなり多いと思います。

その点、普通に運営費交付金や、科研費として配れば、純粋な意味で研究に使われるお金と時間の比率は上がっていきます。

そもそも達成されれば市場のお金が異常な規模で流れると予想される課題に関して集中してお金をたかだか数名に配る意味がわかりません。野心的な人や、人類の役に立ちたい人なら解決しようとする課題ですので、その律速がお金だとは思えません。

そんなことより地方国公立大学や中堅私立大学への基盤研究費を増やして研究ができる人材を多く排出し、多様性を持ってして解決するほうが面白いアイディアが出ると思うんですが。皆さんどう思われますかね

せっかく大学というシステム、建物、若い学生はいるのにお金の周りが限定的ということで、教育・研究に過度に制限がかかるのは悲しいことです。どうやって地方再生するつもりなんですかね、こんなもん地元の大学で地元愛と才覚に満ちた人材を育成するしかないでしょう。ムーンをショットする前にトラブルをシュートしませんか。夢を見る前に現実を見ませんか。