前回のエントリーでだいぶ企業からの研究資金と大学の関係をネガティヴな側面として描いてしまった。

じゃー全面的に企業との共同研究が悪いかと言われるとそうでもない。

そう思うようになるまで、僕は理学部の出身なのもあり、役に立つかどうかに魂を売ることに疑問を抱いていた。値が高い、組み合わせていい数値を出すなどといった研究にあまり面白みを見出せなかった。新しい概念や物質を作って、それが十分に新しければ数十年後になんかの役に立つっだろうという理想論で甘ちょろい考えを持つ夢想家なのである。

逆にいえば数年後に儲かる事に、税金を科研費として投入して特許を抑え、特定の企業と大学が儲かる形になっていいのだろうかと思っていた。

そんな理学原理主義組織の厳しい戒律を守ってきた僕、なんの因果か国内一回目のポスドクとき、仕事が企業とかなり密接にやりとりをする材料開発にアサインされた。

この経験がこれまでの凝り固まった思考をほぐす良いきっかけとなった。

理学部が役にたたないなんかの論文を出して上の理想論みたいな事を言っても許される一方で、企業は儲かる材料をかなり短いスパンで出さなければいけない。さらに場合によっては顧客の命にも関わるのでプロダクトの数値や安定性に嘘はつけない。大学の論文だと誰かが追試して最悪捏造されたデータで再現取れなくても「腕が悪い!」とか言い逃れできてしまう。村社会で嫌われたくないので、再現の取れない論文の吊し上げも最近はほとんどない。

およそ二年半の間、大学側はコンセプトの正しさの証明と新規材料合成する基礎研究、企業は細かい同定などをすっ飛ばして値の改善という分担で研究した。そのアイデアが割とヒットして、科学的に新しいコンセプトでプロジェクトを大きく進展させることができた。その過程でその企業でしか測定できない装置で測定してもらえたり、大学のみの研究から一歩踏み込んだ良い研究論文に仕上がった(その論文のおかげで海外学振取れたとおもう)。企業側の研究者もそれが評価されたようで、最初は研究員一人と技官一人だったのがどんどん研究規模が大きくなったり、企業研究所の年一件の研究賞を取れるほどになった。物性値が実装値に近づくにつれ、自分の貢献したことが、社会の役に立つかもしれないおもしろさを体感させてもらった。

企業研究は、出口に近いほどかなりシビアかつスピード感を持って研究が進む。これと大学の基礎研究の能力が結びつくとかなりの相乗効果が生まれる事を身をもって学んだのだ。

その後スイスに来たので、今どこまで進んだかは企業と前任ラボの部外秘でもう知れないのが残念だが、かなり良い経験をさせてもらえて心から感謝している。いつかラボを持ち、本気の企業研究と絡む機会があれば積極的に参加したいなあ。

ところ代わりスイス。

スイスの研究開発費はもっぱら大学のアカデミックな研究に配分される。企業に科学研究補助費を出すと、それを獲得するために仕事を曲げて税金にたかる構図となるのを防いでいるらしい。

また、スイスの企業は自分らのプロダクトで稼ぐということにプライドがあり、大学に奨学金、寄付金や共同研究のためにお金を出すことはあっても、見返りを多く求めないようだ。


企業の研究も大学の基礎研究も難しい課題に本気で取り組めば面白い!