スイスのラボから久しぶりにアカデミアを指向し、ポスドクに行こうとする博士課程のメンバーがいる。彼の応募していたSNSF(スイスナショナルサイエンスファンド)のポスドクフェローシップの結果が来た。


彼はこれまでに5報の筆頭論文と複数の共著論文を出していて、その筆頭論文もJACSのコファースト、JACSAuとChemSci2報と論文のアウトプットも研究力も後期ポスドクの僕から見て十分だ。


そして学会で知り合った、ベルギーのとある若いPIのラボに行きたいらしくてフェローシップを応募していた。


みんな落ちることなんか考えてなかった様だが、先週ボスが神妙な顔で何かをそのメンバーにドイツ語で話しかけてたのを見た、その後メンバーから聞いたところによると彼のプロポーザルが不採択だったらしいのである。タイミング悪く学位のディフェンス数日前に…みんなとりあえずそれは忘れてディフェンスに集中しなとアドバイスした。


理由はおそらくこれまでの研究と近すぎるから。ベルギーの応募先のPIとお互い興味が合致していて、深い研究提案ができているとみんなが納得していた内容だったが、僕を含め一部のポスドクとボスは提案が博士課程で今やってることに近すぎるんじゃないかと懸念を示していた。でもそれを補って余りあるパブリケーションがあるので余りシリアスに助言をした人はいなかった。


ある時僕が、もちろん受かるとは思うけどそのフェローシップ以外にもポスドクのポジションを就活した方がいいんじゃない?っと話した時も、みんな受かるって言うからあんま考えてないんだよねって言っていた。


まさかの事態にみんなあたふたしている。

日本だと結果重視だからあんまりないけど、ヨーロッパの難しいカテゴリのフェローシップはいくら論文があっても新しい分野への挑戦や、その候補者がそのラボのPIと働くからこそ得られる相乗効果がない限り結構バッサリ落とされる。


それも分野によって違いがある気がしていて、よくエスタブリッシュされてる分野では特に厳しい。前の日本にいた時のインド人ポスドクはほぼ同じ分野のケンブリッジのラボに出してマリーキュリーに通っていた。申請書のうまさもあるかもだが、日本でポスドクをしていたラボのやっていた研究はかなり斬新だったので、次行くラボが近くても提案は新鮮に映ったんだと思う。


それに、どれくらい近くみえるかって、分野の外と中から見るのじゃだいぶ違うんだと思う。自分達はこんなに違うと思っていても、余り知らない人からしたら大きくは違わないことがほとんどだろうから、難しいカテゴリのフェローシップは例えば有機化学の人なら無機化学や物理化学ぐらいの遠さの人にフィードバックをもらうのがいいと思う。


来週、休暇明けの彼を見かけたらフェローシップを落ちるのもいい経験だと伝えよう。ボスでもたくさん科研費の不採択を受け取ってきた。こんなことは何度だってある、この業界は一喜一憂しすぎると生き残れない。この悔しさが彼をまた成長させるだろう。そんな彼のディフェンスは問題なく終わった。


ようこそ、ポスドクの世界へ。